若竹屋酒造場について

今から遡ること320有余年、初代伝兵衛は地域の人々とともに田主丸に酒蔵を造りました。

14代目となる現社長は初代伝兵衛の酒造りに対する想いを受け継ぎ、いつの時代も皆さまに楽しんでもらえるこだわりのお酒を造り続けています。代々受け継がれている家訓のひとつに「若竹屋は先祖より受継ぎし商いにあらず、子孫より預かりしものなり」とあります。技術やお客さまは保守的に受け継いでいるものではなく、常にお客さまのご要望に応え革新すべきものである。そして、水やお米は先祖から受け継いだものではなく、子孫より預かっているものであり、還さなければならないという意味です。子孫へ還すために、今の田主丸の自然を守ることも私たちに課せられている使命のひとつです。

若竹屋のこだわり

子孫より預かりし水

おいしいお酒を造るには良い水が大事と言われるように、日本酒造りにはきれいな水が欠かせません。田主丸には良質の水が豊富に湧き出ており、若竹屋は創業当時から使用している大切にしてきた井戸を今も使い続けています。私たちのお酒がひろく愛される理由がここにあります。

子孫より預かりし米

妥協せず、納得のいく酒を造る。

これを究極の目的とする若竹屋では農家の方と協力して、山田錦の栽培を始めました。高地を好む米の性質に、耳納連山の麓という立地条件は最適なのです。この若竹屋でしか造れない米こそが、良い酒造りを支えています。

若竹屋のお酒

初代若竹屋伝兵衛が酒造りを始めて以来、若竹屋のお酒は田主丸の人々に受け入れられてきました。人々の哀しみや怒りを和らげ、喜びを倍にしてくれるお酒。明日への英気を養ってくれる、郷の人々の喜怒哀楽と共に生きた地酒をご堪能ください。また元禄蔵では試飲もできます。(現在コロナウイルス感染予防対策により中止)ぜひ一度お越しください。

社長あいさつ

常日頃より若竹屋のお酒をご愛顧いただきまして誠にありがとうございます。
若竹屋は初代伝兵衛が元禄12年(1699年)福岡県田主丸の地で蔵を開いたのが始まりです。以来、320年余りに渡り、私が14代目に至るまでこの地でお酒を造り続けて参りました。

世の中に造り酒屋が生まれた時期、酒造りは土地を多くもっている資本家が始める仕事でした。土地や建物が必要となりますし、現代のように科学的な知見もないため、仕込んだお酒が腐ってだめになることがあったり、できたお酒がその後売れるかどうかもわからないというリスクがあったからです。しかし、初代伝兵衛は違いました。一介の商人であったのにも関わらず、酒造りの魅力に取り憑かれ、借金をしてまで蔵を建て、お米を買い、人を集めて若竹屋を始めたと伝え聞いております。だからこそ、お酒を造るという初代の強い思いがこの蔵には根付いています。

若竹屋には「若竹屋は先祖より受け継ぎし商いにあらず、子孫より預かりしものなり」という代々受け継がれてきた家訓があります。「子孫より預かりしものなり」とは田主丸のすばらしい自然環境は預かりものだからこそ、これから先も恵みを受けることができるように本来の自然の姿のまま子孫へ「還す」という意味が含まれています。また、「先祖より受け継ぎし商いにあらず」という言葉には、技術やお客さまは保守的に受け継いでいるものではなく、常にお客さまのご要望に応え革新すべきものである、という意味が含まれています。
初代から14代目の私に至るまで、世の中は大激変をしてきました。320余年のうちには明治維新や数度の戦争や、金融恐慌など激しい市場環境の変化がありました。そんな経営環境の変化のなかを生き抜いてきたというのは、若竹屋がお客さまの求めるお酒を常に造り続けてきたからだろうと思います。伝統というものは保守的に守っていくものというイメージをお持ちの方もいらっしゃいますが、私は「常に変革し、革新しつづけていくもの」であり、自己変革し経営革新し続けた結果が伝統だと思っています。

代々受け継がれし家訓を守り、私たちは田主丸の自然環境、お米の生産農家の方々、販売店の方々、そして何より若竹屋をご愛顧頂いているお客さまと共に、さらに300年日本酒を造り続けることができる蔵として邁進して参ります。そして美味しいお酒を世界へ発信し続けられる蔵として精進いたします。

            十四代目社長 林田 伝兵衛浩暢